ある(自称)原理主義者の転向

ところで、つい先ほどこちらの記事の後半で私はこう書きました。

まあ、6期以降のメンバーから入った(モーヲタの世界に足を踏み入れられた)人たちにしてみれば、そんな歴史なんて知ったこっちゃあない…でしょうけど(笑)。実際、友人の道重推しにかつてそう言われた事もありますし。

もっとも、私が友人からそう言われたのは半年以上前の話であり、そのかつては道重さゆみ推しであった彼は、現在までの数ヶ月の間にBerryz工房菅谷梨沙子℃-ute矢島舞美→THEポッシボー秋山ゆりかと推す箱と個人を次々と変えていった(そしてその都度それぞれの箱/個人を推すヲタから公の場で少なからずなじられた^^;)果てに、現在はキャナァーリ倶楽部杉浦里穂に取り敢えず安らぎの場を見いだしている(でも、それすらいつ嫌になるか分からないらしい)という状況下にあります。つまり、「つんく♂プロデュース」ではあっても「ハロプロ」の外側にいるアイドルじゃないと最早推していて楽しいとは思えなくなってしまった…という事なんですね。

彼とは少し前にSNS内の日記*1で近況報告をしあったのですが、そういえばこんな事を書いていましたね。今のハロヲタの状況はファシズム学生運動の末期と似ている気がする…とか、今になってAKB48ヲタやZONEヲタのハロヲタに対するネガティブな気持ちが理解できる様になってきた…とか。

ほんの一年かそこら前までは「自分はハロプロ原理主義者(もしくはハロプロ右翼)だ」「ハロプロ以外のアイドルではダメなんだ」と嬉々として言い放っていた(正直私はその態度に退き気味だった^^;)マジヲタ過ぎる程にマジヲタだった人間が、今はこんな風な本音を私に漏らしている。PCの画面の前で、思わずため息を漏らしましたよ。彼や、これを書いている私自身も含めて、アイドルヲタってどうしてこうなんだろうかって。

…まあ、これは完全に脱線/余談でしかありませんが、それでもこの挿話を敢えてここに記しておきたいと思います。

*1:最初はmixiの彼の日記で、途中からはGREEの私の日記に場所を移して…です。ああややこしい(^^;)。

流行ってますね〜(笑)

脳内メーカー*1

この日のmixi日記キーワードランキング2位かぁ。元々重たいサイトみたいなんですが、今日は特に繋がらないみたいだし。

私は3日ほど前にあるマイミクさんの日記で知りまして、すかさず自分のハンドルネームと本名を入れてみたんですが、ハンドルネームの方はまだ良いとして、本名の方の結果*2が凄まじくて思わず頭を抱えてしまいました(^^;)。


*1:http://maker.usoko.net/nounai/

*2:一応レタッチして本名を隠させて戴きます。

久々に写真集を大人買い(爆)

4月以降お小遣いの上限が大幅減額されて以来、雑誌・ムックはともかく高額な書籍の類は買うのを我慢していたんですが*1、何か久しぶりに新しい写真集が欲しくなって、気付けばこんな事になっちゃってました(^^;)。

まあ、正確を期せば、

矢島舞美1stソロ写真集 「舞美」 [DVD付き]

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20日の深夜に、
あとの2冊、つまり
嗣永桃子写真集「momo」

嗣永桃子写真集「momo」

アロハロ!田中れいな写真集 [DVD付]

アロハロ!田中れいな写真集 [DVD付]

は21日の夕方に、それぞれ行きつけの別々の書店で買っているんですけどね。

*1:そもそも一時はサイフを持って行きつけの大型書店に行く事そのものを避けていた程(^^;)。

2006年最後の書き込み(はてな版)

本日Getしたばかりの「ちょいテレ」で「紅白」の第2部を録画しつつ、この記事を書いています<自分。もっとも、自宅に戻った時には既に紅白が始まっていて、デバイスのセットアップと視聴ソフトのインストールが終わった時にはGAMモーニング娘。の出番どころか第1部も終わっていたんですが(^^;)。

#で、「ちょいテレ」のセットアップをしていた間はラジオで聴いていたという<紅白。勿論ビデオデッキも稼働させてますが。

という訳で、こちらの日記もこれが2006年最後の記事となります。結局一年間を通して通算で二十数日しか書けなかった上に、今月からは別なサービスで始めたブログのミラーサイトとして再出発する事になってしまった訳ですが(^^;)。

その一方で、この一年でいろんな人のはてなダイアリーをブックマークさせて戴き、そのうちの何人かとは貴重な意見のやり取りをさせて戴く事が出来ました。そうした人たちとの繋がりを維持する為にも、来る2007年もこの日記は引き続き維持していきたいと考えております。

という訳で、来るべき2007年も、私むくやとくまると戯れ言ブログ別館をよろしくお願いいたしますm(__)mペコリ。

Kitty !Kitty(not Ready! Lady)

hatena id:hatchman ことハッチマンさんの愛Wiki+「大切な日-愛ドキ」へのトラックバックレスです。
本題は愛ちゅんが某深夜番組で星泉 staring 長澤まさみに対抗して(違うって)「セーラー服と機関銃」をカバーした件についてなのですが、ここではオリジナルの歌い手である薬師丸ひろ子さま(ぽっ)の話をほんのちょこっとなんだけど(C)させてもらおうかと(^^;)。
#一応自分と同じ年齢のアイドルって誰?と尋ねられた時に、自信を持って答えられるんですよね、「女性ならは薬師丸ひろ子、男性なら近藤真彦」って。これはもう、1964(昭和39)年に生まれたものの特権ですな(笑)。

高橋愛子 wrote:

Vocalは正直あと一歩かも。例えるならピッチャーが球を置きにいく感じ?この曲は初めて人前で歌うコが無心で歌うのがいいと思うので「コントロール」がいい今の高橋愛と相性がいいとは言えないでしょう。

hatchman wrote:

当時音痴で鳴らした薬師丸さんの曲ではありますが、それゆえによさもあったり。

当時「合唱部唱法」なんて言われ方をしてましたね。実に言い得て妙な表現だったと思ったのを記憶しております。

ところが、あくまで映画の宣伝の一環としてリリースされた(いわゆる「企画もの」というやつですね。リリース元が映画を角川春樹事務所と共同制作したキティ・フィルムの親会社であったキティ・レコードであった事がそのなによりの証拠です)「セーラー服と機関銃」からさらに約1年半後、大学在学中に今度は映画「探偵物語」と同題の主題歌で東芝EMIから再デビューする事になります。そして、この時に松本隆と出会ってしまった事で、彼女は歌をやめる事が出来なくなってしまう訳です。

そこから、'91年に結婚するまでの数年間、女優業と並行して歌手活動を続ける事になった訳ですが、その間に最初は松本隆の周辺の人々(いわゆるはっぴいえんどYMO人脈ってやつですな)によって、さらに途中からは初期の作品を耳にして彼女の「歌手」としての魅力(主に声)を発見し自分たちも彼女に曲を書いてみたいと思った新しい作家たち*1も加わって、歌手・薬師丸ひろ子の豊かな世界が築き上げられていく事になる訳です。

そして、彼女が結婚相手に選んだ(後に離婚しますけど)のは、そうした歌手・薬師丸ひろ子の世界を作り上げた作家の一人であった玉置浩二。彼と、その率いていたバンドである安全地帯も、そもそもはキティレコードの所属アーティストだった訳でして*2。このあたりの因縁もなかなか興味深いです。

最後にもう一つ、(一見唐突に思えますが)ハロプロに絡んだトリビアを。先ほど、映画の「セーラー服と機関銃」を角川と共同製作したのはキティ・フィルムであると書きました。このキティ・フィルムという会社、現在も存続はしていますが、それは俳優のマネージメント会社としてであって、映画やTV番組の制作部門は今はありません。そして、その今は無くなった制作部門にいたメンバーが独立して興したのがケイファクトリーという会社です。ここは小さいながらも制作部門と俳優マネージメント部門の両方を備えた会社で、所属する俳優を各社の映画・テレビドラマ等に送り込む一方で、主にTBS系の昼帯及び2h単発ものの共同制作作品(作品にまつわる諸権利も局と共同保有が前提)と、NTV系のゴールデンタイムタイムの制作協力作品(番組自体の著作権はNTVが持つ)を手がけているという。

そして、前者(TBS系の昼帯or単発)の最近の代表作は「銭湯の娘!?」、後者(NTV系のゴールデンタイム)の最近の代表作は「ギャルサー」。そう、どっちも我らが矢口真里が絡んでいるんですな。ただし、ハロプロメンバーとの関わり合いはこれが最初ではなくて、それ以前にねーさん(中澤裕子)の初主演ドラマとなった「ほーむめーかー*3があり、これまたTBS系の昼帯*4だという。

*1:具体的には上田知華平松愛理大江千里楠瀬誠志郎・KANといった面々ですね。特に平松愛理が作曲した「平凡」('90年2月リリースのアルバム「LOVER'S CONCERTO」に収録)は平松の歌手デビュー翌年の時点での楽曲提供であり、「部屋とYシャツと私」でブレイクする以前の、まだ知る人ぞ知る存在だった時期に起用されているという。

*2:後に玉置さんお一人が会社上層部やバンドメンバーの反対を押し切って強引にソニーに移籍してしまい、それが遠因で安全地帯は一時活動休止に追い込まれます。

*3:’04年4月最終週〜6月第1週放送。

*4:ただし「銭湯」をやったMBSorCBC制作の「ドラマ30」枠ではなく、その直前にやっているTBS制作の「愛の劇場」枠ですが。

”推し”にいくつもの顔はいらない(Re:レスれす (ケロッグ)【その1】)

…と思うのが普通のヲタ、なのかなぁ。
という訳で、レスれすから、れいなについての部分だけ切り離したれすなのれすぅ〜(^^;)。 
#のんの声色使いながら読んでね(うそ)。

れいなに関してはご指摘の通り「シャボン玉」で始まった夢の続きしか見ていませんw
古い人間なんですよw

肉体年齢は私より若いのにね(とかいう)。

まあ、それはさておくとして、話を元に戻して続けるならば…やっぱり一番最初に”推し”た時に魅力的と感じた部分さえあれば、あとは何もいらないって人がほとんどだと思うんですよね。その”最初の顔”の印象が、良きにつけ悪しきにつけ強烈ならなおさらそうである訳で…。
ところが、このヲタの”狭く深く”相手の魅力を捉え受け入れる習性に対して、メンバーの個性を”広く浅く”捉えて、異なるいろんな”顔”を見せてあげたいと思うのがつんく♂さんのPとしての親心(?)なのかなぁ、って。

このあたりの求める側と与える側の視野の違いみたいなものが、現在のハロプロに及ぼしている影響(特に負のそれ)については、機会を改めてじっくり分析してみたいところなんですが、本日のところはこれくらいにしておきます。

で、私の場合はどうだったかと振り返るに、ケロッグさんのおっしゃる

「2003年的な威勢と反するような可愛らしさ」

をですね、初めて生で娘。のコンサートを見に行った2005年春ツアーの福井公演で見た時に初めて垣間見た訳です。で、それに見事にヤラれちゃった、と。

#取り敢えず、あのアルバムのれいにゃに対しては、私と同じ様な評価をしている方が他に一人だけいらっしゃる事が判明しておりますので*1、今のところはそれだけで満足しておく事にします。